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2013.09.29 17:01|前田智徳
少し前に
フランチャイズプレイヤー
という記事を書きました。

入団以来、ただの一度も他チームのユニホームに袖を通すことなく
積み重ねたそのプレーでファンを熱くしてきた選手たち。

今年はそんな彼らの引退表明が相次いでいます。

燕一筋19年の宮本慎也選手
同じくタテジマ一筋22年、桧山進次郎選手

そして一昨日
カープ一筋24年間、孤高の天才と呼ばれた前田智徳選手が会見を行いました。

「嬉しいことがかなりかき消されているので、思い出がなかなか浮かんでこない」ほど怪我に苦しんだ野球人生。

心残りはと聞かれ

「今年はチームがAクラス入りし長い低迷にピリオドを打った。その中に自分がいなかったのは残念」
と、答えました。

すごくよく分かりますね、この気持ち。

現在のプレースタイルからは
ゴールデングラブ賞を4度も獲得したということが信じられないかもしれませんが
入団時には走攻守、三拍子揃った素晴らしい外野手でした。

6年目の1995年に右アキレス腱を断裂し、2000年には左アキレス腱を手術。
故障後は、野球選手として総合力で勝負できないもどかしさから
自らを「ガラクタ」「前田智は死んだ」と表現したこともあったそうです。

2002年のある試合

チームの外国人選手が、走者2塁で十分に生還できるヒットを放ちました。
しかし、両足に不安を抱える走者は大差のある展開の中、無理をせず三塁ストップ。
これに激高した外国人選手はベンチに戻った後、走者を責め掴みかかりました。

この時のことはリアルタイムでよく覚えています。

自分に打点が付かないからといって、文句を言うなどもってのほかという意見もあれば
走れないランナーが悪いという見方もあったでしょうか。

私は・・・もちろん味方選手への暴行など許されることではないけれど
外国人選手の言い分にも一理あると感じたし
当然奪うべき先の塁、しかもホームに向かわなかった走者にも責任はあるとその時は思いました。

しかし、今なら
誰よりも悔しかったのは、打点の付かなかった選手ではなく
走りたくても走れなかった二塁ランナーのほうであったろうと、はっきりと分かるのです。

前田智徳は走れなくても守れなくても
その鋭い眼光でマウンド上のピッチャーを震え上がらせ
チームとファンの期待に必ず応えてくれる選手でした。

相手チームのファンである私の目にも
「ワァー、前田が来た~打たれる~」と
バッターボックスに迎えて一番怖かった選手でした。

同じように天才と言われ
同じように怪我で苦しんだ野球人生。

由伸の不運をいつも嘆いてしまう私ですが
前田選手は、由伸以上に大きな怪我に何度も何度も襲われ
その度に甦ってきた選手なのだと、あらためて思います。

今日、東京のファンにも最後のお別れをするために登録されました。

フランチャイズプレイヤー
そこにいるだけで『チームの香り』を漂わせることのできる選手。

試合開始前、天才から天才へ花束が贈られました。
ジャイアンツとカープの香りを漂わせながら。

寡黙な二人が珍しく長い間、交わした言葉。
「お疲れさま」と「まだ、頑張れよ」だったでしょうか・・・

img_20130929142215377_76476503893563164772013929公式画像 公式サイト

人は天才と呼ぶけれど
天賦の才だけで成功できるほどプロの世界は甘くはありません。
努力なくしてフランチャイズプレーヤーであり続けることはできなかったでしょう。
誰よりも努力を重ねた日々があればこその、喝采でした。

引退会見の席上、終始謙虚に語っていた前田選手が
ひと言だけその強烈な自負を見せた場面がありました。

背番号1への想いを問われ

「ケガばかりの野球人生。背番号が泣いているというか、背番号に対しても見合っていないと思いながら、非常に申し訳ないと思っていた」

その後、こう言い放ちました。

「先輩から受け継いできた背番号なので・・・。
それに恥じることない成績を残すような選手に付けてもらいたいと思います。
現時点では見当たりません、この背番号はちょっと休ませてあげてほしい」

孤高の天才、最後のサムライと呼ばれた打者の矜持。

入団時は51番、
『1番』を背負って20年間
受け継いだ時よりもさらに重みを加え、大きくしたのは自分であるという自負ですね。

この言葉を発した一瞬だけ
強打者・前田智徳の鋭い眼光を見たような気がしました。


【おまけ】

よく、キャッチボールとユニホームの着こなしで
一流か二流かが分かるといいますよね。

カープ入団時の監督、山本浩二さんは
「ルーキーの春、日南キャンプで、ユニホームの着こなしが目に留まった」と回想しています。

高橋由伸が入団した時にも同じ言葉をあの広岡達郎氏から聞きました。
「ユニホームの着こなし、キャッチボールをしている姿、ひと目見てスターになれると思った」

野球のユニホームはどうやって着るの?
って疑問に思ったことはありませんか?

私の兄は高校まで野球をやっていました。
他のスポーツに比べて身に着けるものが多く、結構コツがあったように記憶しています。
少年野球や高校野球ではストッキングを出すのが当たり前ですので
一番のポイントは
ズバリ、ユニホームのパンツのはき方です!

まずはアンダーソックスをひざ上まできっちり伸ばして履き
その上からストッキングを重ねて履きます。
ストッキングの出し方で見た目のカッコよさが決まりますからね
(ストッキングって分かり難いけど、前後の違いがありますよ~)

そしてパンツですが
この履き方には諸説あるようです。
兄の頃は、
パンツを裏返して、爪先方向から足を入れてました。
ちょっと文章だけでは説明が難しいけど
パンツのすそから足を入れて
ひざ下までスソを上げた後、ストッパーを巻きます。

いよいよストッキングの折り返し
さらにソックスをストッキングの上に折り返していきます。

ここまでくればほぼ完成!
最後にズボンをあげれば鮮やかにチームカラーのストッキングが出現します

写真でもあれば上手く説明できるのですが
なんとなく感じは伝わるかな。

プロ野球選手もみんな少年野球、高校野球の時代を経て
自分流のユニホームの着こなしを身につけていきます。

現在はストッキングを出さないやり方が主流だから、
パンツも普通に腰から履くのでしょうね。

一流選手のユニホーム姿は本当にカッコよく見えるものです。
それはもちろん、野球が上手だから。
だけど「まずは形から」でもありますネ♪


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