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2014.01.11 16:45|井口資仁
【心の軸】

千葉ロッテ・マリーンズの井口資仁選手が
日米通算2000安打達成を期に書き下ろした『心の軸』を読み終えて。

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セカンドというポジションの魅力については
『二塁手論』コチラから に詳しいのですが
今作でもそのことに触れています。

自信を持っていたショートからセカンドにコンバートされたとき
「なんでこの自分がセカンドなんだ、」という不満でいっぱいでした。

しかし、練習しはじめると
たちまち『セカンド』の虜に。

やがて彼の目には
グラウンドで起きているすべてのことが『視える』ようになりました。

二人三脚で労を惜しまず鍛え上げてくれた
当時ホークスの内野守備を担当していた森脇コーチとのエピソードには
深い感動があり

なかでも

『魅せるプレーではなく、プレーを魅せる』

という言葉は、強く印象に残ります。

派手に見えるプレーがプロの守備なのではなく
簡単な打球は堅実にさばき
難しい打球に対するプレーが自然と派手になる、という意味です。

ジャンピングスローやダイビングキャッチなどがファインプレーではなく
難しい打球を難なくさばいてみせることこそが、本当のプロフェッショナルなのです。


『言葉の本当の意味を考える』

これもなかなか含蓄のある表現ですね。
言葉を表面上の意味でしか捉えないと
間違った理解をすることにもなりかねません。
自分が学ぼうとするときには必ず
その言葉の本当の意味を考える癖をつけることが大事。

どんなに学んだつもりでも
「言葉をそのまま受け取るだけでは本当の力にはならない」ということを
井口選手は、その経験から学びました。


『すべてのことはつながっている』
一つひとつのことは別々に見えて、実は影響しあっている。

このことも、日常の自分と置き換えてみて深く感じた部分です。

「個々のことに取り組んでいるときには見えていないことも
俯瞰して見てみることで全体像が見えてくるもの。
何かに行き詰まったとき、
ちょっとだけ、引いて考えてみることが壁を破るヒントになるかもしれない」

なるほどなぁと思いました。


井口選手のパワーの源は温かい家庭の存在。

ホークス時代、盗塁王を目指して目標の数字を設定したとき

「『妻にお願いして』リビングのカレンダーに丸のシールをつけてもらうことにした」
そうです。

この『妻にお願いして』という言い方、
ちょっと可愛くて素敵だと思いませんか?

夫婦であっても、何かを頼みたいとき
「お願いしてやってもらう」
そして
そのことに「感謝」する気持ちはとても大切だと思うのです。

ほんの短いフレーズだけど
『妻にお願いして』というひと言に、温かさを感じました。


(多分、目に入れても痛くないであろう)お子さんが
2000安打を目指すパパをカウントダウンボードを作って応援していたことは
インタビューなどでも嬉しそうに語っていた井口選手ですが
かなり凝った造りのボードだったようです。

過去に在籍したホークス、ホワイトソックス、フィリーズ、パドレス、
そしてマリーンズ。
日米5球団のロゴとサイン入りボールが描かれているボードに
2つの四角い穴がくり抜かれていて
その穴の部分に残りの安打数が差し込めるようになっているものです

7月26日の夜に2000安打を達成して帰宅したパパが目にしたのは
見事達成のマークではなく
「日米通算」が「日本通算」に変わり
残りの数字も大幅に増えて、
姿を変えた“新カウントダウンボード”だったそうです。

可愛くもあり、「パパ頑張れ!」の気持ちも伝わってくる微笑ましいエピソード。
野球と家庭、オンオフを明確に切り替え
ポジティブに生きる彼を支えるのは
やはり、この温かい家族なのでしょうね。


井口選手はまた、さまざまな社会貢献にも取り組んでいます。
もちろんそんなことを、大げさにひけらかすわけでなく。

2000安打達成を記念する関連グッズの売り上げも
確実に役立ててもらおうと
東日本大震災の被災地での寄付先を考えているそうです。

「プロ野球選手は野球技術が高いからプロ野球選手でいられるのではなく
プレーを観て、それにお金を払ってくれるファンのみなさんがいて
はじめてプロの選手としていられる」

そうした感謝の心がプレーにも顕れ
ファンの胸を打つのでしょう。


『心の軸』を手にし、こうして読むことで
井口資仁選手を通して
未だ困難を強いられている方々への、ささやかな支援となれるなら
私自身も幸せです。

この本に出会えたことに感謝して。

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テーマ:読売ジャイアンツ
ジャンル:スポーツ

2013.10.14 05:36|井口資仁
ホークスからメジャーへ
そして2009年、日本球界復帰
現在、千葉ロッテマリーンズの「3番打者」として
堂々と輝く井口資仁選手の著書を紹介します。

青字部分は著書からの引用です。

『二塁手論』

現代野球で最も複雑で難しいポジションと言われる『セカンド』
けれども野球少年の憧れであり「野球の華」と呼ばれるのは
一般的にはショート、遊撃手です。

「体力や運動能力のテストで東京都内で3位より下になった記憶がない」井口少年は
小さい頃から野球が上手く、リトルリーグから國學院久我山高校を経て
青山学院大学では東都大学リーグ三冠王となり、ダイエーホークス入り。

初出場したゲームで満塁ホームランを打つという「史上初の快挙」を成し遂げるなど、順調なスタートを切りました。
しかし、プロの世界は甘くはなく壁にぶつかります。

転機となったのは
ホームランを打ちたいという気持ちを捨て、「盗塁王」を目指した2001年。

井口選手は言います。

「具体的な目標と漠然とした目標には大きな違いがあり
具体的な目標を決めれば、逆算していくことで自分がやらなければいけないことが、いくつも目の前に現われてくる。
自分が何をなすべきかが見えるようになる。
あとはそのなすべきことをするだけ。
思いどおりにいかない日があっても道に迷うことはない」
と。

しっかりと目標を定めた彼は
それに向かって間違いのない努力をし、見事、盗塁王獲得。

タイトルには嬉しい副産物もありました。
配球を読みきる能力を身に付けることができたのです。

そして金森コーチの指導の下、引きつけて打つ打撃の習得に力を入れ
バッティング技術も飛躍的に向上。
その結果
打ちたい打ちたいと思っていた時にはさっぱりだった本塁打も、30本の大台に!

2001年は野球人生最大の出会いが訪れたシーズンでもありました。
『セカンド』というポジションと巡り逢えたのです。

どんな仕事にも、それをしている人間にしか分からない難しさがあり
その苦労は誰の目にも見えるものではない。
それでも人知れず苦労を重ねるのは、自分の仕事に対するプライドがあるからだ。


ショートは中学、高校、大学、そしてプロに入ってから4年間。
ずっと守り続けてきたポジション。
優れた遊撃手としての自信も、もちろん持っていました。

内野手の花形であるショートからセカンドへのコンバート。
それはすなわち、自分よりもショートに相応しい選手が他にいるとチームが判断したことを意味します。

プライドを傷つけられた井口選手は内心不満でいっぱいのまま
2000年の秋キャンプで渋々セカンドの練習を始めました。

そしてその初日、
彼は大きな勘違いに気づかされます。
セカンドは誰にでもできる簡単なポジションなどではなかったのです。
それは途轍もなく難しいポジションでした。

セカンドがいかに難しいか
でも実は面白くてやりがいのあるポジションであるかは
第二章『セカンドという選択がいまの自分を作った』に詳しいです。
野球好きには、たまらなく面白い内容でした。

一番興味深かったのは「ゲッツー」時の動き。

セカンドの動きの中の「1秒の何分の1かのタイムラグ」がアウトとセーフを分ける。

捕球、トス、送球・・・
ありとあらゆる不測の事態に際し瞬時に最善を判断し、身体を反応させる。
それはセカンドの醍醐味と言えるものですが
それほどの高度な技術を駆使しているにもかかわらず
その凄さが見えにくいのがセカンドの特徴だと言います。

三遊間への打球に飛びつき、グラウンドに倒れ込みながらファーストに送球してランナーをアウトにする。
そういうショートの高い身体能力に、ファンは歓声を送ってくれる。
それこそが内野手の醍醐味だと、ずっと思い込んでいた。
そういうショートであることにプライドを感じていた。
セカンドの練習を始めた最初の日から、僕はセカンドというポジションの難しさの虜になっていた。
長年野球を続けてきたのに、こんなに面白いポジションがあるとは思わなかった。
未知の天体でも発見したような気持ちだった。


以来、何かに憑かれたように
毎日毎日、リトルリーグの選手でもやっていないような基本の基本から練習に取り組みました。

そしてセカンドを守るようになってから2年目
彼の目には
グラウンドで起きているすべてのことが『視える』ようになりました。

打球を受けたサードやショートからの送球が右や左に逸れるのも
左から走りこんでくる走者がどこまで来ているのかも
そのすべてがはっきりと見えるから、どんな状況であろうとその状況下で可能な限り最速のスピードでボールを処理できるようになった。
送球が右へ逸れようが左に逸れようが、確実にキャッチしてセカンドを踏みつつ
間一髪のタイミングで足下に迫るスライディングを避け、身体を捻じ曲げてバランスを立て直しながら
ファーストに送球する。
実際には0.何秒という極めて短い間に、それだけのことを余裕を持って行わなければならない。


まだまだ書き足りませんが
すでに相当なネタバレになっているのでこの辺りで控えます;
セカンドというポジションの難しさ、
そして面白さを余すことなく伝えてくれている文章は秀逸です。


「本当のスーパーファインプレイは、実は自然な動きにしか見えない。
ゲッツーもぎりぎりのタイミングで成功したほうがお客さんは喜ぶかもしれないが
本当に上手いセカンドなら、打者がファーストへ走り込む前にボールはファーストミットに収まっている。
一見、簡単に成立しているように見えるゲッツーのほうが、実は遥かに高度なテクニックを駆使していたりするものだ」


↑ カッコいいーーーーっ!!!

2005年、メジャー1年目
井口選手は厳しい自己犠牲を強いられました。
2番という打順
1番打者の盗塁を助けるため打てる球を見逃し、待つ。
塁に出ればクリーンナップが打つまで走ってはならないという制約。
それまで鍛え上げた高い盗塁技術も、
死に物狂いで身に付けた引きつけて打つバッティング術も
発揮する機会は、ほとんど与えられなかったのです。

バントを嫌うメジャーでは走者を進めたい時、「右打ち」の指示が出されます。
打率の下がらない送りバントとは違い、セカンドゴロはあくまで凡打です。

自分の打席を犠牲にして盗塁をいくら助けようが
走者を次の塁に進めようが
その貢献度は数字には表れません。

この年、井口選手が犠牲にした成績は
日本の野球を知る者にとっても、想像を遥かに超えるものだったようです。
しかし、悔しい気持ちがどうあろうとベンチからのサインには忠実に従い
たとえサインはなくても、
チームの勝利を優先したプレイに徹しました、全知全能を傾けて。


メジャーリーグという晴れ舞台で
一人の野球選手として思い切り自分の野球がしたかったのに

自分なら打てたはずの絶好球を見送る悔しさ
セカンドゴロでベンチにすごすごと帰ってくる惨めさ・・・

けれど

自分を犠牲にしてチームを勝たせる野球を徹底して貫いた姿を
認めてくれた人物がいました。

彼に犠牲を強いたギーエン監督その人です。
(チームはこの年、ワールドチャンピオンになっていました)

「今年の本当のMVPはイグチだ。
イグチほど野球を深く理解している選手はいない。
彼がいたから、ホワイトソックスは全米一になった」


監督が記者たちの前で語ったそのひと言は
チームメイトの彼を見る目、ファンの声援まで変える力を持っていました。
走者を進めるために打ったセカンドゴロに拍手をしてくれるファンの数も、桁違いに増えたそうです。

ギーエン監督だけではなく、ホワイトソックスのファン全体が理解者になってくれた。
それからは、自分の成績がどうのこうのと悩まずに
チームのためにセカンドゴロだろうが何だろうが
とびきりの一発を打ってやろうと思った井口選手なのでした。

2006年はそんな声援にも励まされ、成績は徐々に向上。
セカンドの守備もチームメイトから教えてくれと頼まれるようにもなりました。
メジャーリーガーはそれぞれがお山の大将であり、野球の技術を、まして日本から来た選手に教えを請うなどということはほとんど有り得ないことなのです。

そして味方投手からは「俺が投げる時のセカンドは絶対にイグチにしてくれ」
とまで言われるようになりました。

たとえファインプレーに見えなくとも
井口選手のお陰でヒットをアウトにしてもらえていることが
誰よりもその投手自身には、分かっていたのでしょうね。

「相手打者によってポジショニングを変える」のは
簡単とは言わないまでも、プロならば当然できること。
しかし、味方投手一人一人の球種や配球によって
1球1球ベストのポジショニングができる選手となると
メジャーにもそうはいなかった、というか、ほとんどいなかったに違いありません。

そして2年目が終わる頃、ギーエン監督からこう言われました。
「お前にはずいぶんと我慢させてしまった。
今年だって本当なら20本以上のホームランを打っていたはずだし、打率も3割以上はいったはずだ。
来年はもっと自由に打たせるつもりだ。打順も6番か7番を考えている」


いよいよ思う存分に自分の野球ができる。
そう思った2007年シーズン。

その日、自分の名前がスターティングラインナップに載っているのを確認していた試合前。

突然のトレード通告。

それがメジャーだといえばそれまでだけれど
ギーエン監督にも知らされていなかったその事実はあまりにも衝撃的でした。

監督は目に涙を浮かべ
「俺は何も喋らない、喋ったら泣いてしまうから」
そう言ってハグだけしてくれました。

そっと抱きしめて、背中を叩いてくれたギーエン監督の手の温もり。
もうそれだけで、監督の想い、何が言いたいのかは充分に伝わってきたといいます。

「お前には我慢をさせた、来年からはもっと自由に打たせてやる」
あの日チャーター機の中で、ちょっぴり嬉しそうにそう言ってくれた彼の言葉も
心からのものだったと理解できたこの場面、読んでいて胸が熱くなるようなシーンでした。


この本を読んで、さまざま興味深くありましたが
一番、心に残ったのが
井口資仁選手のモノの考え方です。

野球人生を通じていろんなことを経験しながら
彼がひとりの男として、大きくなっていく姿に感動を覚えました。

特に、メジャーでの4年間は苦しんだ分
人間として、ひと回りもふた回りも成長できたのでしょう。

井口資仁という存在を知ってはいても
メジャーでこんなふうに頑張っていたことは、今回初めて知りました。

全編を通して感じたのは彼の頭の良さであり
人間としてのスマートさです。

野球選手として、人として、本当の喜びを知った彼は
社会貢献にも取り組んでいます。
だけど大げさにそのことをひけらかすのではなく
あくまで自然体で、楽しそうです。

「やってあげてる」ではなく「やらせてもらってる」という気持ちなのだろうと思います。
「情けは人のためならず」、そう言って生き生きと活動する姿にも好感を持ちました。
井口さん、本当に素敵だなぁと感じるのです。

最後に野球の素晴らしさを語ってくれています。

「人は孤独だ。
たった一人でこの世に生まれ、そしてたった一人でこの世を去っていく。
けれど、そうではないんだと思える瞬間が確かに存在する。
みんなでひとつの目標に向かって走り
ついに訪れた歓喜の瞬間、人の孤独は消える。
自分が一人ではないということ、
仲間とつながって生きているんだという喜びに心が満たされる。
野球は、そういう瞬間を数限りなく経験させてくれるスポーツでもある。
チームのために貢献すべきなのは、プロとしての仕事という意味だけでなく
野球というスポーツを心から楽しむためでもある。
チームがひとつになった時、そこに生まれる一体感が、このスポーツの最大の醍醐味だ」
井口資仁


テーマ:プロ野球
ジャンル:スポーツ

プロフィール

薫

Author:薫
アスリートたちに注目しています!
その心にもそっと触れながら。

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