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2013.08.30 15:09|高橋由伸
巨人 3x - 2 阪神  東京ドーム

見事なサヨナラアーチを架け、試合を決めたのは長野久義!

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画像 サンスポ

何気にセンター、主役ふうなヨシノブ♪
長野サンのユニを脱がせたのはマツさんだったのね


完封ペースの能見投手からようやく得点し1点差に迫った最終回
先頭の村田が気迫のツーベースを放ち、ノーアウト2塁。

ここで登場5番の由伸
もちろん、セカンドランナーをサードに進めるバントも十分に考えられるところ。

打席に入る前に原監督が24番を呼び寄せ、なにやら耳打ちしました。

この場面を見て、解説の江川卓氏、山本浩二氏はゴチャゴチャ言ってましたが
私は確信していました。

あぁ、監督は「打て!」の指示を出したのだなと。

慎之助であろうが村田であろうが、バントが必要とあらば遠慮するような監督ではありません。
耳打ちなどしなくともバントならサインを出せばすむこと。

わざわざ、呼び寄せたということは
それ以外の指示、右打ち指令もしくは好きなように打て、そのどちらかだと思いました。

そして打席に入り1球目、スライダーを強振しファウル。
やっぱりバントなし、しかも右打ち指示もなし。

「思いっきり打って来い!」という声掛けだったに違いない。

2球目、外角に外れボール
1-1からの3球目
外目のストレートをきれいな流し打ち、三遊間を鋭く抜けるヒットとなりました。


試合後の原監督
「ランナーを進めたいと思うところだが、自分のバッティングをしてくれ、打ちに行ってくれと伝え、見事に応えてくれました」

由伸
「自分のスイングをしろと言われたので、とにかく自分のスイングをしようと。(言われていなかったら)状況も状況だし、いろいろ考えていたかもしれない」

監督の信頼が打たせてくれたヒットだったと感じました。


4連勝して5ゲーム差に迫り
勢いよく乗り込んできた宿敵阪神タイガースを見事に返り討ち!

ネット裏で見守っていた阪神坂井オーナーは
報道陣からの「甲子園で巨人戦がありますが」の問いに
「何を気休め言うてんねん」と語気を強めたらしい。

うんうん、そうでしょう、そうでしょう。

ジャイアンツにはひとつ勝てばヨシとできる余裕がありましたが
相手は3連勝しかなかったはず。

必死さはもちろん、タイガースのほうにより強く感じました。
いつもは怠慢?と感じるマートン外野手の初回のプレー。
1死一、二塁の守備。
左翼フェンス直撃かと思われた村田の鋭いライナーを、フェンスに激突しながらも気迫の好捕!
打ち付けた顔面を紅潮させながら起き上がった姿には、敵ながら胸打たれました。

完投勝利目前で同点とされ降板。
あの冷静な能見投手がベンチにグラブを叩きつけて悔しがる姿が;
敗戦の持つ重みを誰よりも理解していたからでしょう。

絶対に落とせない試合。
凡退した阪神打者たちの悔しげな表情にも、このゲームに懸けた思いの強さが感じられました。


それだからこそ、土壇場9回
ジャイアンツがみんなでもぎ取った価値ある1点が際立つ。

村田の二塁打、由伸のつなぎの左前安打。
1塁、3塁から由伸の代走・松本哲也も能見をゆさぶりバッターを助けます。
そして勇人の同点犠飛。

白星はつかなかったけど、7回2失点の澤村はよく投げました。
福田・青木・一岡・西村の無失点リレーも素晴らしかった。

マジック23!

野球界の常識、意外とこれが当たるのですが
マジックの数字と日にちは比例するという格言があります。

となれば、9月21日~23日。
本拠地東京ドームでの広島3連戦あたり?

いやいやもっと早いかも。

セリーグ連覇を確信した昨夜のサヨナラ劇!
甲子園には哀愁の秋風が吹いていたでしょうか。


オマケ

先週の横浜スタジアムで試合前練習するヨシノブ
髪の毛、少し短くカットして~男前

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テーマ:読売ジャイアンツ
ジャンル:スポーツ

2013.08.29 10:57|読書メモ
小久保裕紀さんの著書
『一瞬に生きる』を読みました。

これはもう彼の人生のすべてであり、一代記のような内容。
それについて感想云々というのも違うかなと思うので
別の角度からちょっとだけ書いてみます。


DSC_0007_R.jpg

毛筆の直筆サイン。
  達筆でしょっ!



私のイメージとして
プロ野球選手は「本を読まない」という概念があったのですが
小久保さんは違います。

それも深く読む派だということが分かりました。
これはと思う本に出会うと、何度も何度も読み返し
必要とあらば著者を訪ね、熱心にその考え方を学んだりもしています。

野球選手ですから、もちろん野球に生かす部分が大きいのですが
一般の我々からみても参考になる箇所がいくつかありました。

たとえば、ある本の中に書かれていたこんな箇所について。

<人生・仕事の結果=考え方 × 熱意 × 能力>

人生や仕事の成果はこれら三つの要素の掛け算によって得られるものであり
決して足し算ではない。
能力とは才能や知能に言い換えてもよく、多分に先天的な資質。
熱意とは事を成そうとする情熱や努力する心のことで
これは自分の意思によりコントロールできる後天的な要素。

掛け算なので能力があっても熱意に乏しければ良い結果は出ないし
逆に能力がなくても、
人生や仕事に燃えるような情熱であたれば
先天的な才能に恵まれた人よりはるかにいい結果が得られます。

そして最も重要なのが『考え方』
三つの要素の中では一番大切なもので
この考え方次第で人生は決まってしまうと言っても過言ではなく
いわば心のあり方や生きる姿勢、とも言うべきものです。

考え方がマイナスの方向を向いていれば掛け算なのですから
いくら熱意や能力があってもマイナスはマイナス。
それだけでネガティブな成果を招いてしまう。


小久保さんはこのことをプロ野球選手に当てはめて
分かりやすく説明しています。

生まれ持った野球センスがあり、人の何倍も努力する熱意があったとしても
そこに間違った考え方を掛けたのではダメだということですね。

いわばプロとしての心構えというべき部分です、

ファンあってのプロ野球。
球場に足を運んでくれるファン、応援してくれる全国の野球ファンがいなければこの世界は成り立たない。
良いプレーを見せる、最後まで諦めない姿勢で戦う、ファンを喜ばせる
そういった考え方でグラウンドに立つことがまず必要。

そして、「勝つために戦う」のだということ、

「チームは負けても自分はホームランを打ったから満足」ではダメ。
「人を蹴落としてでも上にいく」という言葉を使う人もいるけど、それも正しくない。
考え方としては「蹴落とす」ではなく「抜き去る」
「抜き去る」は自分の実力、相手は関係ありません。

レギュラーの選手に対して怪我をするように祈るのもやめたほうがいい。
「けがで奪ったポジションは自らの怪我で奪われ
実力で取ったポジションはその選手の実力が落ちて奪われる」

という野球界の格言があるそうです。


野球の世界に限らず
人の不幸を願うような人間は人からも恨まれている。
そうではなくて、自分も幸せな気持ちでいて
人の成功も「よかったね」と言える人間であるべき。

同じ成功するなら、周りから祝福される成功を目指すべきだ、と小久保さんは書いています。


実はこれ、ファンである私たちにも当てはまる言葉のような気がします。
応援する大好きな選手が大きな故障により長期離脱したとき・・・
同じく大好きなはずのチームを、素直に応援できなくなってしまうことってありませんか?

私の大好きな選手は、過去にも幾度となくチームから離れる時期がありました。
その都度、チームを応援しながら復帰を待っているのが自分のスタンスです。

でも時には、同じポジションの選手の活躍が素直に喜べなかったり
そんな心の狭い自分が嫌になってしまったり・・・


この本を読んだのはちょうどそんな時期、
小久保さんのような心の持ち方をしたい。
そうして彼の復活を待とう!
少しだけ、そんなふうに考えようと思えた読後でした。


最後に、イチロー選手とのエピソードを紹介しておきます。

イチロー選手は小久保さんの2歳年下
23歳と25歳のときのオールスター出場の際の会話です。

「イチロー、モチベーションが下がることはないの?」

「野球で、ですか?」

「そう、俺、去年ホームラン王が獲れてしまったやろ、
何かパリーグで1番になったことで次の目標がはっきりしないのよ」

「小久保さん、数字を残すために野球やってるんですか?
僕は野球を通じ、胸の奥にある石を磨き上げたいんです」

イチロー選手は自分の右手を胸に当てながら、そう話してくれたそうです。


ダイヤの原石も磨かなければ見た目はただの石ころ。
野球を通して磨くという作業をやり続ける。
自分の魂、心、人間力を磨く、これが彼から教わったこと。

当時3年連続首位打者に向け驀進中だった彼の言葉に
「穴があったら入りたい」という表現がピッタリ当てはまる自分がいた、と回想しています。

このエピソード以降のイチロー選手の活躍は誰もが知るところ。

数年前のオフ、食事をする機会を持ったとき
この時の話をし
「あの時の会話のおかげで目が覚めた、
その後、結果を残すことと同時に人として成長しようと思うようになったよ」と伝えると

「そんなことを覚えているなんて、小久保さん、僕のファンですね。
僕のこと、好きでしょう」と無邪気に笑うイチロー選手。

彼の前人未到の記録の数々も
小久保さんにとっては不思議でも何でもなく、残るべくして残った数字。
その信念の強さを知るからこそ必然であると言い切れるし
今なおチャレンジし続ける生き様に、心から敬意を払いたいということでした。

去年のある日
野球選手がよく行く焼き鳥屋さんで、ある選手の直筆色紙を見つけた小久保さん。

そこにはこんな言葉が記してありました。

「人は必ず障害に出会う、誰もが負けそうになる、そこで頑張れる人間になりたい。
前向きな姿勢で夢を持って歩いていきたい   イチロー」



『人は誰と出会うかで人生が大きく変わります。
私は彼との出会いに感謝します』

小久保裕紀



テーマ:最近読んだ本
ジャンル:本・雑誌

2013.08.28 23:05|宮本慎也
東京ヤクルトスワローズ・宮本慎也選手
今シーズン限りでの引退を表明しました。

由伸ファンの私は、宮本選手といえば
真っ先にアテネ五輪での野球日本代表の戦いぶりが思い浮かびます。

06284551.jpg

これは、2003年11月
翌年のアテネ五輪を前に、札幌ドームで行われたアジア予選の時の写真。

長嶋監督指揮の下

1番・ショート 松井稼頭央 
2番・セカンド 宮本慎也 
3番・センター 高橋由伸 
4番・キャッチャー 城島健司

全員がプロ選手、当時最強と謳われ金メダルを目指したチームです。

アジア予選を完璧に勝ち抜き、イタリア合宿を経て
アテネ五輪本戦でも予選リーグをトップで通過。
しかし準決勝でオーストラリアに敗れ無念の敗退、銅メダルとなりました。

宮本主将、補佐した由伸も、
チーム全員が肩を震わせ涙したあの日のことを、忘れることはできません。

その後の北京五輪やWBCでも主将を務めた宮本選手は
機会あるごとに言っていました。

「自分の中では、アテネのチームが一番好きだった」と。

19年間の現役生活にピリオドを打つと発表した日。
宮本選手から、やはりその言葉を聞くことができました。

台湾戦での由伸の渾身のガッツポーズ付きのホームラン。
松坂大輔が右腕に打球が直撃しながらも投げ抜いたキューバ戦。
表彰台の高さは一番低かったけど
強くて、全員がひとつになっていて、カッコよくて、素敵なチームでした。


2000安打を達成し、打者としても大きな足跡を残した宮本選手ですが
やはりその原点は「守備力」

昨年、あるものすごい記録を打ち立ててもいます。
あの長嶋茂雄さんが1969年にマークした
三塁手としての214守備機会連続無失策(連続シーズン)のプロ野球記録を
43年ぶりに塗り替える215守備機会連続無失策という記録です。

こういったシーズン記録は
通算記録である2000安打や、~百号本塁打などとは違い
脂の乗り切った年齢の選手が作るものという認識がありましたが
41歳の宮本選手がこのような大記録を達成したというところに、驚きを覚えます。

打球の予測がつくショートとは違い
強い打球に対しての瞬時の反応が求められるサードに転向。
楽なサードだから・・という見方も当然ありますが
やはり守備位置ひとつ変われば景色も打球の質も変わります。

長い間、積み重ねてきた精進・鍛錬に加えて
未知の守備位置・三塁手として、陰の努力も人知れずあったことでしょう。

そうでなければ、本格的にサード転向してから2年間
送球エラーがわずか2個という結果は残せません。
並大抵の努力ではこんなに素晴らしい記録は達成できないはず!

2011年には、三塁手としての守備率日本記録も更新~
シーズンを通じて失策はわずか1つ。
守備率はなんと、9割9分7厘という内野手としては驚くべき数字です。

唯一の失策がなければ
内野手史上初の守備率10割を達成していたわけです。

野球というスポーツでは、後ろに誰もいない外野手のエラーは致命的。
多くの場合、失点に結びついてしまいます。
ですから滅多にないのが外野手エラーです。
(当然ながら下手な外野手の目に見えないエラーというのは、年間数え切れないくらいありますが・・・)

しかし内野手の場合、捕球エラー、送球エラー含めて
一試合で数回のエラーも珍しくはありません。
内野手の中では、最もエラーの記録されにくいポジションのサードであるとはいえ
2011年シーズンの宮本選手の守備率は見事のひと言です。(しかも既にこの年、41歳!)


宮本選手がいた頃のPL学園野球部の練習は想像を絶するものがあり
特に守備を徹底的にしごかれた(もう今では死語かもしれませんが)という話は有名。

例えば先輩とのキャッチボール時
正確に相手の胸に投げ返さないと「スッとグラブを引かれ」捕ってもらえなかったそうですね。
内野ノックの時も同じ
ファースト送球の際、ほんのわずかな乱れも許されず
一塁手の正面に投げられなかったボールには、あるはずのミットもなく
無情にもファウルゾーンを転々と転がって行き、それを拾いに行くのももちろん自分自身。
何度も何度も走るうちに
「絶対に正面に投げるんだ!」という強い気持ちが芽生えたと言います。

せっかく捕った打球なのだから
最後の仕上げでエラーすることは悔しくて許せない。
この強い気持ちがあの正確無比なスローイング、高い守備力を支えてきたに違いありません。

若手には厳しいと言われる宮本選手ですが
人を叱るにはまず自分がそのことを実践出来ていなければ、言葉も気持ちも伝わらないですね。
「燕の背番号・6」の意識の高さは、スワローズの未来を背負う選手たちに
必ず、必ず受け継がれていくのだと思います。


ジャイアンツの二遊間、坂本、寺内コンビも
チームの垣根を越えて宮本選手の自主トレに参加させてもらいお世話になりました。
坂本選手の守備力向上、いぶし銀のような打撃を伝授された寺内選手の今シーズンの飛躍。
引退表明に際し感謝する気持ちを語っていましたが
いつか、二人でゴールデングラブを獲っての恩返しを誓っていることでしょう。

遊撃手として6度、三塁手として4度のゴールデングラブ賞に輝く名手、宮本慎也。

無失策記録を作った時に、こう語っています。

「毎試合、エラーしたくないと思ってプレーしているが、勝負しにいってエラーになる時もある。
記録を意識したことはない。
ピッチャーが打ち取った打球を確実にアウトにすることを心掛けてきた。
年がいっても守備で迷惑をかけずに出来ているのかなと思う。
これからもチームメイトに信頼される守備を続けていきたい」


どんなファインプレーよりも確実なアウトを重ねた結果の素晴らしい記録達成。

もちろん守備だけではなく
そのバッティングでもチームを引っ張る存在でした。
バントの名手でもあり、通算400犠打と2000本安打の両方を記録している唯一の選手。
打者として大きな記録を達成しながら、一方では自らのアウトによりチームに貢献できる選手でもありました。

そして走者となった時にも
併殺崩しのスライディングなど
40歳を越えてからも激しいプレイを何度も見せられ
相手チームファンとして、悔しい思いを味わいもしました。

通算2000安打や計10度のゴールデングラブ賞。
しかしそれ以上に誇れるものとして
「全力でボールを捕りにいって、アウトにするという姿勢を最後まで貫けたこと」を挙げています。


高橋由伸はいつも親しみを込めてこう呼びます。

私も真似して・・・

『慎也さん』へ

19年間、本当にお疲れさま。
残り少なくなってしまったけど
貴方が勝ちたいと思ってやってきた、毎日毎日、この試合に勝ちたいと思って立ってきた場所。
大好きな神宮のグラウンドで躍動してくださいね。
慎也さんらしく、正確なスローイングでフィニッシュまで!



テーマ:東京ヤクルトスワローズ
ジャンル:スポーツ

2013.08.27 18:18|野球のルール
スコアブックを、自分の手で正確に付けられるようになったのは中学生のとき。
面白くて毎試合、中継を観ながら付けていました。
(現地観戦のときはもちろんそんな余裕はなかったけれど;)

スコアブックを付けるということは、
当然ながら1球たりとも見逃さず、ずっと観ていなければなりません。
これ、結構難しいです。

でもその当時、野球中継は試合開始からではなく途中からでした。
G+なんてもちろんありません。
ゲームセットまで多分、4,5回くらい(しかも試合途中で中継が終了することも多々あり;)
そんなに張り詰めないで付けられたのは短いイニングだったからです、きっと。

この頃から、自分自身の野球観のようなものが少しずつ出来上がってきました。
スコアブックを付けることは慣れればメモを取るような感覚。
女の子にしては野球を観る目は鋭かった、かな。

1球も逃さず観ていると、野球というスポーツをより深く知ることができるし正確な記録としても残せます。
なにより自分の手で付けたスコアには愛着が湧くものです。

もちろん、そんなに集中して観ていたのは遠い昔のこと。
今は、贔屓選手中心にほどよく楽しんでいます。


野球のスコアブック
皆さんは実物を手に取って見たことがありますか?
いろんな種類があるけど
1000円に少し足せば十分満足のいくものが購入できると思います。

スコアブックに記入する各項目の記号は
統一されていると思いがちですが、公式記号というほど決まったものはなく
長い間に、「こう書く」という慣習が出来上がりながら今に至り
ほとんど同じ記号が使われています。

有名なところでは
三振の「K」
1球ごとに、○見逃し、×空振り、△ファウル、●ボール、と表し
最後に三振なら「K」となるわけです。

四球は「B」、敬遠は「B’」、死球は「DB」

1球ごとの四つのマスは反時計回りに、1塁、2塁、3塁、本塁
真ん中に出来た菱形の中に、アウトカウントを記入します。
ローマ数字にするのは守備位置を表すアラビア数字と区別するためです。
チェンジの記号は「//」、G公式HPの簡易スコアブックでも記されていますね。

「△・」=1塁方向のファウル
「・△」=3塁方向のファウル

他にもたくさんの記号があり、みんな自分自身が分かりやすいように工夫しながら記入しています。


20130822151913.gifこれはホームランを表します。
ピンクの一辺がワンヒット、1塁打です。
8はセンターへの当たりを示しています。

20130822151938.gifこれだと3塁打、
8(センター)と9(ライト)の間を抜けたという意味ですね。

20130822153348.gifファーストゴロ、
1塁手が自分でベースを踏んで1アウトとなった例です。
1塁をA、2塁をB、3塁をC、本塁をHと記します。

20130822175728.gifこちらはサードゴロで
3塁手が1塁手に送球して1アウトとなった例です。


投手戦なら、大体両チーム合わせて250球前後
乱打戦になれば軽く300球は超えますが
そのすべての投球を細かく記録していくのが野球のスコアブックです。

では、試合を観ていない人がそんなに詳細な記録を見たとして
そのゲームのすべてを把握できるでしょうか?
多分出来ないと思います。

スコアボードにポツンと点った「1」。
その「1」を点すために、攻撃側がどれほどまでに懸命に戦ったか
「1」に留めるために、いかに守備側が身を挺して防いだのか
それは実際に試合を観ていない人には分かりませんね。

打者がどんなに強烈な打球を放ってもアウトになれば凡打のマーク。
超ファインプレーで掴み捕ろうがファインプレーのマークを付ける訳ではありません。

スコアボードやスコアブックを見た時
新聞の見出しを想像はできても
その試合の本当のポイントはどこだったのかまでは分からないですね。
勝利の陰の素晴らしい守備や
バッターが貢献した「1点」の重みを感じることができるのは
やはりそのゲームを観てこそ。

テレビ中継ではなく、野球をスタジアムで観るとき
あなたはどんなところに注目していますか?

ピッチャーがどんなボールを投げるのか
それをバッターがいかに打ち返すのか
もちろんそれも大事。

でも、野球はチームスポーツ。
守っているときにそれは顕著です。

センター方向に打球が飛びました。
動くのは中堅手だけではありません。
両翼を守る一方の選手は必ずフォローに回り、
ショート、セカンドはどちらかが中継に走ります。

走者が塁上にいる場合、状況によって次の塁にはベースカバーが必要です。
できる選手がカバーに走ります。

ひとつでも多くのアウトを獲得しようと
投手も捕手も、フィールドにいるすべての選手が白球を追うのです。

相手に得点させまいと守り抜く懸命な姿。
そんな姿に感動できるのは、スタジアムで観る者の特権です。


野球に限らずどんなスポーツでも
その試合を本当に決めたのは
どの選手のどのシーンだったのかを知りたいものですよね。

たとえ勝利に繋がらなくとも
ひたむきな全力プレーでチームに貢献する選手たち。
そのワンプレー、ワンプレーには胸打たれるものですよね。


ラグビーで、A 44-10 Bというゲームがあったとして
あぁ、Aチームが大差をつけて勝ったんだなと思うだけじゃなく
Bチームの頑張った「10点」に目を向けてみたいと思いませんか?

捨て身のプレーで奪ったPGだったかもしれないし
みんなで必死につないでラインぎりぎりにトライして、
その角度のないところから、キッカー渾身のひと蹴りでコンバージョンを決めたかもしれませんよね。

そんな一つ一つのプレイやシーンを
自分の心で感じ、自分の目で知ること。

ニュースや新聞記事、スコアブック、
ましてやスコアボードを見ただけでは
決して分からないスポーツの醍醐味がそこにあると思うのです。

そんな記憶の積み重ねが
今、自分自身の野球史となっています。
心のメモ帳に刻まれている想い出の数々。
私の大切な宝物です。


テーマ:プロ野球
ジャンル:スポーツ

2013.08.26 10:22|高橋由伸
東京ドームと東京ディズニーランド、同じ1980年代に開場、開園しています。
どちらが先だったか覚えてますか?

30代後半以降の方ならば、ディズニーランドが
自分自身いくつくらいの時にできたかっていうのは何となく記憶にあると思いますが
さすがに東京ドームとなると
野球好きでなければ、さほど意識せず通り過ぎた出来事であったかもしれません。

ディズニーランドは1983年(昭和58年)4月15日開園。
東京ドームは1988年(昭和63年)3月18日開場(オープン戦)でした。
昭和は64年まで。
しかし実際には昭和最後の一年がこの63年でしたね。
ちなみにディズニーシーは、2001年9月4日開園です。

兄がディズニー好きだったのでもちろん何度もミッキーに会いには行ったけど
我が家は全員が野球好き、断然『水道橋へGO!』派でした。

日本初のドーム型野球場として建設され
“BIG EGG”と呼ばれたそのタマゴ型の斬新な姿が話題となってから、はや25年。

先週、8月13日
東京ドームでジャイアンツの選手が放った『2000本目』のホームランが
高橋由伸選手によって記録されました。


年間140~144試合、その中で本拠地で戦うのは地方球場開催を省けば約60試合程度。
単純に2000本を25年で割り、一試合平均を出すと1.33本という数字がはじき出されます。
(ポストシーズンは含まれていないと思うので、多分;)

超重量打線と呼ばれたシーズンもあれば小粒だったシーズンもありました。
あくまで平均すればだけど、1試合で1本ちょっと、まぁそんなものかなと思います。

初本塁打は1988年4月8日、開幕戦。
ウォーレン・クロマティ選手でした。
クロウさん、よく打ってたもんなぁ~

この日のゲーム。
ドーム元年、絶対優勝と意気上がる王貞治監督の下、
戦後の巨人軍史上最年少開幕投手を20歳の桑田真澄投手が務めました。
そして、クロマティ選手よりも先に
正真正銘、東京ドーム公式戦第1号本塁打を放ったのは
相手チーム・スワローズ(好々爺・関根潤三監督)の新外国人選手、ダグ・デシンセイ三塁手でした。
どちらにしても記念の一発は外国人選手だったということですね。

その後、歴史は流れ

100号は後に外野守備走塁コーチとなる西岡良洋選手(ヨシノブも可愛がってもらいました^^)
200号は現二軍監督の岡崎郁選手(←カオルさんです♪)

300号は1994年に松井秀喜選手、松井さんは600号も放っています。

400号、500号は続けて同じ選手、広沢克己選手が打ちました!
広沢さん・・・顔も体も大きかったし存在感ありましたよね。
700号は後藤孝志選手(←後藤さんと言えば自打球で悶絶する姿が浮かんできます;)


ちょっとここで別の記録。
巨人に、東京ドームに限らない
セリーグの歴史上すべてのホームランを通算した中での記念本塁打。
その30000本目を打っているのは、あの「長嶋一茂さん」です!
1993年のこのHRシーンをなぜかすごくよく覚えています。
あぁすごいな、お父さんのような選手にはなれなかったけど
こういう記念の一発が打てるのも何かを受け継いでいるのかな、っていう気がしたものでした。
なんと言っても『』万号ですから☆

その次のメモリアル弾!
35000号は誰だと思いますか?
そう、これが言いたくて東京ドームからセリーグへと脱線させました。
私のブログですもん( ̄ー ̄)ニヤリッ
答えは当然!
ヨ・シ・ノ・ブくん、です(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

40000号も巨人選手。
現二軍打撃コーチ・清水隆行選手でした。
清水さんで思い出すのは、打球の速さが強烈だったことと
驚異の体脂肪率(6%とか7%とかそんな数字じゃなかったかな)を誇っていたこと。
とにかく締まった身体でしたよね。
足も速かったしほんとにいい選手でしたが
必要以上に肩の弱さを指摘され、起用法も不遇だった印象です。


さて、東京ドームHRに戻って
記念すべき1000号は誰でしょう?
阿部慎之助選手でした~さすがですねぇ。
慎ちゃん、他にも900号、1800号を打ってます。

キャプテンと言えばジャイアンツで3年間、若手のお手本となってくれた人。
小久保裕紀選手は、1200号、1300号を記録しました。
みんな結構、続けて打ってるものなんですね。
それにしても小久保さん、わずか3年の在籍で連続はスゴイです!

1500号は、この人も鮮烈な印象を残した“とってもいい人”イ・スンヨプ選手。

1600号は意外と言っては失礼ですが鈴木尚広選手。
現在では走りのスペシャリストとしてチームに貢献していますが
2008年、この年はホームランも3本記録!
タカヒロが一番輝いたシーズンでしたよね!

1700号はガッツ・小笠原道大選手。
ファームで真っ黒になって頑張ってます。
原監督が掲げる実力至上主義・・・今はひたすら我慢なのでしょうか。

そして、背番号・24、高橋由伸!
800号、1100号、1900号、
さらにメモリアル弾・2000号☆

1号から2000号まで、21本の記念本塁打のうち「4本」を打っています。
25年の間、他にも在籍したホームランバッターは数多くいますが
やはり16年間、ジャイアンツ一筋、頑張ってきた証であると思います。

2000本目を打ったゲームでも
前のイニングで村田選手が、同じ回のすぐ後にもボウカー選手がスタンドイン。
1999号や2001号になった可能性も十分にありました。

記念本塁打だから良いとか、そうじゃない本塁打と区別するつもりはないし
本人だって、冠付きのHRじゃなくてもその試合の殊勲打を打ったほうがはるかに嬉しいに違いありません。

今、監督の起用法はかなり厳しいです。
思うような結果が出ず、うつむいてベンチに戻る姿にファンとしてもションボリしてしまいます。
けれど、東京ドーム球団通算2000号という区切りのアーチを架けることができたのは
決して偶然ではないと私には思えるのです。

今日のような「らしさ」満点の逆方向へのHR☆
ライトへの弾丸ライナー☆
右中間へ舞い上がる美しい放物線☆

これまでファンは24番にどれほどたくさんの勇気、元気をもらってきたかしれません。
通算304本塁打、積み重ねてきたアーチの数だけ
ジャイアンツファン、由伸ファンの胸を熱くしてくれましたね。

打席に入るたびの大歓声、
スタメン発表での“ヨシノブコール”の大きさ、
こんなにも愛されている選手は他にいないと、少なくとも私は思います。

美しい弾道のアーチを架け悠々とベースを一周する姿。
まだまだその背中を仲間に、そしてファンにも示し続けてもらいたいです。

1900、2000、と続けたのだから
2100号も高橋由伸のバットで叶えてほしい、ずっとずっと応援しているからね!!


ジャビットの妹・ビッキーちゃんがお出迎え♪
ビッキーちゃん、左足の角度がキュートで仕草は可愛いんだけど
足のサイズが大きいぃ。
由伸の3倍はありそう~~(((( ;゚д゚)))

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2013年8月13日 DeNA戦 東京D-G2000号 画像公式サイト

テーマ:プロ野球
ジャンル:スポーツ

2013.08.25 09:15|松井秀喜
5月5日、東京ドームで行われた国民栄誉賞式典で
二人がスポットライトを浴び、オープンカーで場内を一周したとき
長嶋さんは満面の笑みで左手を振り続けた。

松井秀喜もまた左手だけを振り、一度も右手は出さなかった。
それはなぜなのか、

松井の答えはこうだ。

『そうですね、意識しました。
監督が体調を崩され、リハビリのすごい努力を重ね、
これだけ元気になられたんだと日本中の方が思ってくれればいいなと、
それが際立つような形になってほしいと、常々思っていましたから』


式典中、常に一歩下がり師を立てる姿には
そういう強い想いがあったのだと、今更ながらに思う。

あれから三か月
松井秀喜が今、あらためて言うまでもなく
それは観る者すべてに、しっかりと伝わっていたのだけれど。

20130528022200.jpg
共同


テーマ:プロ野球
ジャンル:スポーツ

2013.08.15 12:00|ラグビー
8月15日、終戦の日。
戦争を知る人たちも、知らない世代の我々も
平和についてあらためて深く考える日。

薦められて
スポーツライターでJ SPORTSラグビー中継の解説でもお馴染みの
藤島大さんのコラムを読みました。
コチラです。

コラムの中で藤島さんは
元日本代表監督、スポーツ哲学者、故・大西鐵之祐さんの
1987年1月17日、早稲田大学最終講義での言葉を引用しながら
「体を張った平和論」と題して語られています。


大西鐵之祐さん
ジャパン、早稲田大学で、峻厳に勝利を目指し満々の気迫で勝負の醍醐味と深さを説いた方。
ドラマ、スクール☆ウォーズでは、役名「大北達之助」として登場しています。
主人公に、「信は力なり、One for All All for One」の精神を説きました。
ちなみに現役時代のポジションはフランカー!
主人公の泣き虫先生もフランカーでしたね。
私の知るかぎり、フランカーは素敵な方が多いです(*'-'*)

精神論ばかりではなく、当時としては先進的な理論「展開・接近・連続」を作り上げてもいます。
また日本代表監督時には、独創的な戦術を編み出し、海外でも通用し後に広く使われるサインプレーも開発されたそうです。

大西さんが最終講義で後進に託したこと。
それは
スポーツのゲームの場で、冷静に科学的に勝利を目指すこと。
そして、現実の勝負の渦中に発生する非科学的な事態を意思によって制御すること。

このふたつです。

「机の上のみならず、グラウンドの真ん中の知性を求め、闘争に逃げずに立ち向かい、なお汚いことをしない。そういう人間が社会のリーダーとなっていくべきだ」
と、仰っています。

戦いの場において、このふたつのものをコントロールできる人間を
スポーツを通してつくってほしいと、願っておられました。

この言葉の持つ意味はと考えてみると
それは大西さんの戦争体験を抜きにしては語れません。

「私は8年間戦争にいってきました。人も殺しましたし、捕虜をぶん殴りもしました。
そのときに、こうなったら、つまり、いったん戦争になってしまったら人間はもうだめだということを感じました。
そこに遭遇した二人の人間や敵対する者のあいだには、ひとつも個人的な恨みはないんです。
向こうが撃ってきよるし、死んじまうのは嫌だから撃っていくというだけのことで、それが戦争の姿なんです」


戦争を題材にした映画やドラマ、ドキュメンタリーなど
さまざまな映像や聞かされ伝えられた、たくさんのことから
戦争はしちゃいけないんだ、絶対に起こしてはならないんだということは充分に理解していても
自らの実体験に基づく言葉の重みには、やはり大きな衝撃を受けます。

大西さんはさらに
学校で教わる理性、知性は、戦場では何の役にも立たない。
だからこそ、そうなる前、戦争に突入する前に、
「闘争的スポーツを通じてフェアプレイを体現して、どんなに勝ちたくともここを踏み越えてはならない、という倫理を身につけた者たちが『グループをつくる』
そのグループを『社会の基礎集団・社会的勢力(ソシアル・フォーセス)』として『戦争をさせないための人々の抵抗の環』としてほしい」

と強く訴えられました。

そして最後にこう締めくくっておられます。

「私たちは、平和な社会をいったんつくり上げたんですから、これをもし変な方向、戦争のほうに進ませちゃったら、戦死したり、罪もなく殺されていった人々、子供たちに、どうおわびするのですか。ぜひそのことをお考え願いたい」

弱腰でなく、自ら戦場で戦ってきたからこその反戦論には心を動かされます。

『スポーツをするから平和なのではなく、スポーツを本当によくした者が「命をかけて」平和を守る』

26年前のこの格調高い講義が、当時話題を呼んだということにも深く頷けるのです。

藤島大さんのコラムはこう結ばれています。

『走って、倒して、粘って、それを繰り返す大接戦。
どうしても勝ちたい相手に対して、たとえルールの範疇にあっても、本当に汚い行為はしない。
ジャスティス(順法)より上位のフェアネス(きれい)を生きる。
すると社会に出ても、ズルを感知する能力が研ぎ澄まされる。「変な方向」がわかる。
明日の炎天の練習が憂鬱な若者よ、君たちは、なぜラグビーをするのか。
それは「戦争をしないため」だ』。



ジャスティスよりもフェアネス!

何もラグビーに限らないと思います。

灼熱の甲子園では高校球児たちが正々堂々、力を尽くして戦っています。
世界中の多くの人たちがスポーツを通して
生きていくうえでの公平さ、心をきれいに保つことを学び、日々成長しています。

そしてラグビーや野球やサッカー、
その他数え切れないほどあるスポーツを目にし
ひたむきな選手たちに胸打たれる私たちもまた
そこにフェアネスの大切さを感じながら観ていると思うのです。

「スポーツをすれば平和が訪れるのか、そんなに甘くはない」と藤島さんは書かれています。

しかし、スポーツを通じて
「戦争をしないため」の能力、ズルを感知する能力を研ぎ澄まし
仲間を信じる心、人を思いやる心を育んでいくことの大切さが、コラムからは伝わってきました。

元気でいられることに感謝して
大好きな野球チーム、大好きな選手を応援できる幸せを感じながら
私も、私自身のやり方でフェアネスを身につけていきたいと思います。
今、このときからでも決して遅くはないはず。

一年に一度、今日という日にだけ想うのではなく
心に留めたいです。

当たり前にあるこの平和な世の中が
多くの犠牲のうえに成り立っていることに、今一度、想いを寄せて。

2013年8月15日 薫

テーマ:★ラグビー★
ジャンル:スポーツ

2013.08.02 10:05|

アスリートたちが感じる「風の匂い」や「風の色」

もちろん、同じように感じることはできないけれど


人間の能力の素晴らしさや美しさ

頑張ることのステキさ

悔し涙の裏にあるひたむきさ

嬉し涙の温かさ


そして・・・笑顔


彼らが伝えてくれる『風の薫り』は

もしかしたら、私でも感じられるかもしれない


風が薫るとき・・そんな瞬間に出会えたら嬉しいな。



<薫>


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薫

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アスリートたちに注目しています!
その心にもそっと触れながら。

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